スラリー散布と牧草サイレージの発酵品質

牧草サイレージの発酵品質が悪化して、酪酸やVBN(揮発性塩基態窒素、主にアンモニア)含量が高くなると、飼料摂取量の低下、乳量の減少、乳房炎やケトーシスなどの疾病の増加など酪農経営に大きな影響があります。牧草サイレージの不良発酵(酪酸発酵)の要因は様々ですが、ここではスラリー散布と牧草サイレージの発酵品質との関係についてご紹介します。スラリーは即効性の肥料として有効ですが、その反面、過剰な施用は牧草サイレージの発酵品質に悪影響を及ぼします。
スラリー施用量と施用時期の影響
スラリーの施用量は、牧草サイレージの発酵品質に大きく影響します。下図はスラリー施用量とイネ科牧草中の糖含量(WSC含量)の関係を調べたものですが、スラリーの施用量が多くなるほど糖含量が減少しているのが分かります。糖は乳酸発酵の原料になる重要な物質なので、これが少ないと発酵品質が悪くなるのです。スラリー施用量が多くなると、窒素供給量が増えます。植物は窒素からアミノ酸やたんぱく質に変換しますが、この時に炭水化物(糖を含む)を使います。従って、スラリー施用量が多くなると糖含量が少なくなってしまうのです。

 

スラリーとWSC

 

上述のようにスラリー施用量が増加すると、たんぱく質含量が増加しますが、特に溶解性たんぱく質は、雑菌によって分解されてアンモニアになります。アンモニア自体もサイレージの嗜好性を落とす原因となりますが、アンモニアはアルカリ性なので、発酵の初期にアンモニアが増えるとpHが下がりにくくなり、発酵品質が悪くなる原因になります。下図のように、スラリー施用量が増えると、発酵初期に発生するVBN含量も多くなることから、発酵品質に悪影響があると考えられます。

 

スラリーとVBN

 

スラリーの施用量は牧草の水分にも影響します。下図はスラリー施用量と各イネ科牧草の水分との関係を調べたものですが、スラリー施用量が増えると牧草の水分が高くなります。高水分になるほど酪酸発酵しやすくなり、牧草の細切サイレージでは水分75%以上になると発酵品質が不安定になりやすいと言われています。水分75%程度の軽予乾を考えると、刈り取った牧草の水分が80%の時と85%の時では、予乾しやすさが大きく違うと思います。

 

スラリーと水分

 

また、スラリーには非常に多くの雑菌が含まれているので、スラリーが原料草に付着したままサイレージに混入すると、発酵品質が悪くなる原因となります。スラリーのサイレージへの混入を防ぐには、施用量もそうですが、施用時期にも注意が必要です。スラリーの施用から牧草の収穫作業までの間隔が短いと、スラリーが混入するリスクが高まります。スラリー散布からできれば50日以上あけてからサイレージの収穫調製を行うことが望ましいのですが、北海道の根釧や天北地域のように春に圃場に入れるようになるのが遅い地域でも、1番草収穫までに50日以上あけるには、5月上旬までにスラリー散布を行う必要があります。
スラリーは即効性の肥料として活用できますが、上記のようにサイレージの発酵品質にも影響します。スラリー散布の実態としては、年2回、春と秋に散布してスラリーストアを空にするというのが一般的だと思いますが、春のスラリー散布は1番草の発酵品質に影響することから、以下の点を心がけると良いと思います。
・単位面積あたりの散布量を減らすために、なるべく遠くの圃場にも散布する。
・春の散布はスラリーストアが溢れない程度に抑え、1番草収穫後にも散布する(2番草の追肥になる)。
・春のスラリー散布は、畑に入れる状態になったら直ちに行い、1番草収穫まで50日以上あける。
スラリー散布方法の改良によるサイレージ発酵品質改善事例
スラリー散布の牧草サイレージへの影響を踏まえて、北海道根室地域で取り組んでいるスラリー散布方法の改良事例をご紹介します。
北海道根室地域A牧場(根室生産農業協同組合連合会・根室農業改良普及センター、「サイレージの達人」より)
A牧場は、牧草サイレージの発酵品質を改善するために、下表にあるようにスラリー散布量を減らし、散布時期を早めました。その結果、サイレージの発酵品質が向上しました。

 

スラリー改善A牧場大

 

北海道根室地域B牧場(根室生産農業協同組合連合会・根室農業改良普及センター、「サイレージの達人」より)
B牧場では、スラリーストアにラグーンを増設することで、春のスラリー散布を中止しました。ラグーンの増設には費用がかかりましたが、下図にあるように、春のスラリー散布を中止してからは、サイレージの発酵品質が良くなりました。

 

スラリー改善B牧場

 

北海道根室地域C牧場
C牧場は、例年、経年草地の雪解けから1ヶ月間かけてスラリー散布をやっていました。ここ数年、サイレージの発酵品質に苦しんでいたことから、経年草地への春のスラリー散布を中止しました(その分は春に草地更新する圃場の基肥として投入)。改善前、弊社アクレモコンク添加でも発酵品質が悪かったものが、スラリー散布の改善後は、大幅に改善されました。一方、スラリー散布の改善後でも無添加のサイロは発酵品質が悪かったことから、乳酸菌の効果も確認できる結果となりました。

 

スラリー改善C牧場大

 

このように、スラリー散布方法の改善は、牧草サイレージの発酵品質改善に有効な方法です。また、今回はスラリーの影響をご紹介しましたが、堆肥や化学肥料を含めた過剰施肥が牧草サイレージの発酵品質に影響します。ご自身のサイレージの分析値(CPやミネラル含量など)、圃場の土壌分析などを参考にして、施肥設計を見直してみて下さい。